柿の種中毒治療日記

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読書メモ『弱者の戦略』

水曜日。一年に一度の会社の全国会議を終えて、帰りのバスの中で読了。これがとても面白い本。凡百の戦略論を語るビジネス書を読むより腹落ちする。いろいろな生物の具体例が非常にわかりやすいのだ。自分がもともと理系学部出身で、教養学部時代に行動生物学や進化生物学を学んだことを差し引いたとしても、へたなポーターの解読書を読むよりよっぽどわかりやすいと思う。

弱者の戦略 (新潮選書)

弱者の戦略 (新潮選書)

「ずらす」戦略で自分がナンバー1になれる場所を見つける

本書では逃げる・隠れるという弱者の戦略に引き続き、「ずらす」戦略についていろいろな例をあげて語られている。筆者いわく「ずらす」戦略こそ弱者の戦略の真髄であり、逃げたり隠れたりするのと比べると非常に高度な戦略なのだという。「ずらす」戦略では、敵・競争相手の少ない活動場所、活動時間帯、ライフスタイルを選ぶことによって、有限リソースを得る機会を最大化し、外敵などの脅威にさらされるリスクを低くしていく。

夜行性の動物、他の花が咲かない夜や寒い早春の時期に咲く花は「ずらす」ことによって優位性を得ている。夜行性だと捕食者が少ない。夜に咲く花はあまりないので、虫などのリソースを他の花と奪い合わずに済む。また、大きな角を持つカブトムシのオスは朝方から行動するのに対し、小さな角を持つカブトムシは深夜から活動することで樹液にありつくことができる。人間でいえばランチタイムにいくのを5分早めて、エレベーターと店の混雑を避けるというのは身近な例。*1

さて、「ずらして」活動するためにはそれなりの工夫・ケイパビリティが必要である。たとえば早春に咲く花をつける植物の場合、霜枯れのリスクのある冬に葉を出して、花を咲かせる準備を始めておかなければならない。夜行性の動物は光の少ない中、行動するための感覚器官が必要だ。また、砂漠や高地など競争相手の少ない生存環境で生きるラクダ科の動物は厳しい環境に耐えられる「コブ」という特殊な能力を持っている。

「ずらす」ということはある限定された領域でナンバー1になるということだ。筆者は昔流行ったSMAPの歌の歌詞を使ってこう説明する。

自然界にナンバー2はあり得ない。ナンバー1だけが生き残る。

たとえば、全く同じ場所で暮らすヒメゾウリムシとゾウリムシの二種類を同じ水槽内で一緒に飼うと、水やエサが豊富にあっても最終的には一種類だけが生き残り、もう一方は駆逐されて滅んでしまう。この二種類は同じリソースを奪い合っている。

一方、一見同じ場所に見えても、実際には「棲み分け」を行い異なるリソースを活用することで共存できる。ゾウリムシとミドリゾウリムシという二種類は同じ水槽内で共存できる。ゾウリムシは水槽の上の方にいて大腸菌をエサにしているのにたいし、ミドリゾウリムシの方は水槽の底の方で暮らして酵母菌をエサにしているからだ。

このような住み分けは哺乳類でも行われている。アフリカのサバンナで、キリンは高木の葉を食べる。シマウマは草の先端を食べる。ヌーはその下の草の茎や葉を食べる。トムソンガゼルは地面に近い背丈の低い部分を食べている。こうして、同じサバンナの草食動物も、食べる部分をずらして、棲み分けているのだという。

すべての生物はオンリー1である。しかし、ナンバー1でなければ生存できないという鉄則もある。つまり、すべての生物は、どんなに小さくともナンバー1になれるオンリー1の場所を持っているのである。(中略)「ずらす」ということは、他の生物がナンバー1になれない場所を探し、自らがナンバー1になる自分の居場所を「探す」ことである。そしてどんなに小さい場所であっても、ナンバー1になる秀でた能力を持たなければならない

これはいうならば、「競わない」場所を見つけるということだ。Where to play & How to win, 差別化・Point of differences・ポジショニング・ブルーオーシャン・capabilityに基づく競争戦略などなどいろいろなコンセプトと相通じる。

強者の戦略

強者の戦略は「競って勝つ」ことである。上のヒメゾウリムシとゾウリムシの競争の場合、ヒメゾウリムシのほうが体が小さく少ない食料でもヒメゾウリムシは有利であるだとか、ヒメゾウリムシのほうが増殖スピード(細胞分裂周期ということが短いということ?不明。)といったことが理由でヒメゾウリムシが圧倒するということ。後述の森の話では背の高い木のほうが有利。

強者の戦略は決まっている。強い生物はあらゆる場所でナンバー1になることができる。そのため、どんどんとそのニッチを拡大していくのだ。弱者がどんなに新たなニッチを開拓しても、強者が次々に入り込んでくる。まさにビジネスシーンの企業戦略と同じである。小さい企業が差別化を図っても、大企業が簡単に模倣して、シェアを奪っていく。

強者の戦略は、数にものを言わせて規模で戦ったり、弱者の戦略を模倣しながら、それを飲み込むようにシェアを拡大して同質化すればよい。これは、まさに生物の強者の戦略と同じである。強者は競争に強いのだから、できるだけ競争に持ち込みたい。これは当然である。弱者は競争に弱いのだから、できるだけ競争を避けなければならない。それでも、どこかで競争はしなければならない。弱者はどのように戦えば良いのだろうか。

安定環境下で強いK型戦略と不確定要素の大きい環境下で強いr型戦略。

弱者の戦いには工夫がいる。複雑な状況こそ弱者に有利である。

植物の生存戦略CSRという3パターンに分類できる。

  • Competitive - 強者の戦略。これは競争して勝つという戦略。より高く・大きく育てる木は森の中で光というリソースを独占できる。
  • Stress tolerant - 過酷な生存環境で生きるケイパビリティをつける。たとえば砂漠の植物。高山植物
  • Ruderal - 撹乱耐性型。環境変化に対応して勝つ。

雑草は弱者である。その雑草の戦略はRuderal戦略である。しつこい雑草が弱者だというのは一見不思議に思える。雑草をなくす一番の手は「森を作る」ことなのだという。森の中では高く大きい木が光を独占し、背の低い雑草は繁栄できない。森という安定的な環境では、木という強者が勝つのだ。一方、雑草が生える場所は人間の手の入る場所であり、常に撹乱を受けている。そのため背の高い木が生えることもなく、背の低い雑草が繁栄できる場所である。


一方、動物の生存戦略はr戦略・K戦略の2パターンに分類できる(r-K戦略仮説)。

  • K戦略は少数精鋭戦略。強くて大きな卵を少し産み、しっかり面倒を見る。産める数は限られる。安定環境下での競争に強い。なお安定環境という言葉には注意が必要。ペンギンは厳しい環境の南極で一個の卵を産む究極のK戦略をとる。南極は「常に」厳しい環境のため、K戦略が有用なのである。常に寒く厳しい環境、という意味で予測不可能性は低い。
  • r戦略は増加率優先、多産多死の戦略。たとえばネズミの繁殖戦略。弱くともたくさん産み、小さくても可能性に賭ける。r戦略はスピード重視である。早く成長することで早く子を産み繁殖率を高めるのだ。また、r戦略は多様性重視で変化に対応できる。r戦略をとる種の個体の寿命は短い。成功した個体が長生きするよりも、多様な性質を持つ卵や種子を作って世代交代を早める方が新たな環境への適応を有利にしたのだ。*2*3

安定な環境下ではK戦略が有利だ。一方環境が不安定な場合にはr戦略はK戦略より有利である。

経営戦略へのアナロジー

r-K戦略のコンセプトはまさにビジネスの世界で自分が日々実感しているところである。ぼくがいま駐在中の韓国ではブーム勃興と終焉が非常に早い。消費者の好みが激しく変わるマーケットである。こういったマーケットで生存確率を上げるのはr型の戦略なのではないか。一方、日本には淘汰の激しいコンビニ業界では千三つなることばがある。曰く、千の新商品のうち生き残るのは3つということ。これはコンビニの棚という有限のリソースを奪い合うメーカー側の競争の結果をあらわすものとみることもできるけれど、消費者環境の変化が激しいマーケットで客を常に引きつけるための小売戦略の結果ともみることができそうだ。セブンイレブンの単品管理などはまさにr戦略であろう。常にいろんなフレーバーをだしてくるカルビーのホームページを見ていたら、面白いことが書いてあった。いわく

一年にだいたい年間2~30種類は出ますね。そして、売れようが売れまいが全て一定期間で終売にします。のり塩やコンソメのような定番商品は別として、わずか5週で販売中止になるフレーバーもありますよ。さっき申し上げた定番商品でも数年に一度、味つけのリニューアルを行っていますし。

そもそも、それほど頻繁に新商品を出す必要があるのですか?売れているのにあえて廃盤にして新製品に替えるのは、あまり効率的ではないような・・・

店頭を活性化するためには、新製品をどんどん出していくことが必要なのです。我々メーカーにしてみれば大変な労力とコストがかかることですが、それによってメーカーの味に対する開発力が格段に進歩したのも事実です。お客様の細かいニーズに応えるために、少品種×多ロット生産から、多品種×小ロット生産に移行するスキルがだんだん養われてきたのだと思います。
カルビーフードコミュニケーション ~カルビーの食育~ | カルビー株式会社

これはまさにメーカーのr型戦略と言えまいか。

rとKは一般的にはあちらを立てればこちらが立たずという関係である。しかしものごとには例外があり、rとKを種として両立するパターンもある。昆虫や魚のなかには、大きな卵を産む個体と小さい卵を産む個体がいたり、季節によって大きな卵を産んだり小さな卵を産んだりする種がいるのだという。人間がやっている企業の経営戦略もKとrのコンビネーションも可能だろう。たとえばいまや携帯電話で世界シェアNo.1となったサムソン。彼らの戦略はフロンティアを切り開くr型ではない。大企業の規模を徹底的に生かし、徹底したベンチマークにより先行者を真似する同質化戦略はまさに強者の戦略である。しかしそれを圧倒的なスピードでこなす「スピード経営」、ローカライゼーションをして多様なマーケットのニーズに合わせていく「ローカライズ経営」も知られている。これらはr戦略的なのではなかろうか。

rとKのアナロジーはいろいろなところに見られる

  • 商品戦略。吟味に吟味を重ねた少数精鋭の商品を出すのか、それともショットガン式アプローチ・多産多死でいくのか、それとも「真似」によって勝つのか。
  • 組織戦略。組織に多様性を取り入れるべきなのかそれとも多様性を排除すべきなのか。*4。rを実行できる組織体制にするのか・Kを実行する組織体制にするのか。
  • グローバル戦略。本国で圧倒的な地位を誇るK型企業がグローバル展開していく中で、K型にこだわり続けることは競争優位となるのか。どのようにすればK型であることをマーケティング的手法で競争優位へ変えていけるのか。本国でr型経営をする企業はグローバル展開を視野に入れるべきなのか。どのようにすればr型企業は持続的に勝てるのか。
  • オペレーション戦略。プランニング・予算策定、実行、実績分析などPDCAサイクルの各部分にどれだけの時間とリソースを割き、どの程度の頻度で1サイクルを回すのが適切なのか。Kならそのサイクルは長くて構わないし、rならサイクルの回転数が肝になりそうだ。


経営の世界ではこういうところこそ大所高所の戦略レベルの話であるけれど、そこには自然界からの奇妙な類似点が見られる。生物はその数十億年の歴史の中で繁栄と淘汰を繰り返してきたわけだから、その膨大な「実験」とその結果、それを敷衍することでより真理に近いものをみいだせるのではあるまいか。


最後に一つだけケチをつけるなら、生物種が「主体的に」なにかの戦略をとることによって戦略的なポジショニングを築いていったと読み取れるような記述の仕方は誤解を招くと思う。どちらかというと淘汰圧に対して「たまたま」適合していたものが繁栄するというほうが正しいというのがぼくの理解。とはいえ、戦略を主体的に選べるわれわれ人間行動に敷衍しようと思えばそういう書き方はよりわかりやすいのだろうか。いろいろな示唆に富むとてもおもしろい本だった。

*1:おもしろいことに、カブトムシの話では中間サイズのツノを持つものは少ないのだという。どっちつかずな半端な状態が一番不利ということか。正規分布しないのだね。

*2:植物は寿命の長い木本から寿命の短い草本へと進化してきたのだという。

*3:バクテリアなど、細胞分裂のサイクルが圧倒的に早い菌は薬剤耐性を素早く「獲得」する。実際には能動的に獲得しているわけではなく、数々生まれる変異体が淘汰圧に強いために生き残る。

*4:入山著『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』の中では、それについていろいろな最近の研究結果がある。r-K戦略仮説との類似点あり

アイシールド21

土曜日。スポーツマンガは面白いね。一芸に秀でた異能集団がそれぞれの個性を発揮して勝つという設定が面白い。さらにフィジカルな能力では秀でたところが全くないにもかかわらず、頭脳(観察力と判断力)を生かして活躍する雪光なる人物もとても面白い。スーパーマンだらけのマンガとは一味違う。実際のところのアメフトはどうなんだろう。大学や同じ会社で一緒になったアメフト経験者たちはみんな凄い体だった記憶があるけれど。

ザ・ラストマン 日立グループのV字回復を導いた「やり抜く力」

とても面白い本。

最終責任を取る・自分がみんなを食べさせる・スピードさえあればなんとかなる・情報不足の状態でも必ず決め切る・意思決定をする人数を絞る・トップダウンボトムアップの使い分け・「稼ぐ意識」をもつ・平時の構造改革・事業ポートフォリオの取捨選択(成長産業で前進し、成熟産業からは撤退する)・未来を予測し戦略を描く・説明責任を果たす・断固実行する・あれこれ考えすぎるより行動に移すのが一番の解決策・ピンチでは「51点でいい」・叱ると詫びるを徹底する・ケチらないで褒める・慎重なる楽観主義・「水が半分も入っているけれど、コップがいっぱいになればもっといい」・思いやりの心はビジネスに活きる・必要以上に群れない

いまの僕の立場は社長を支える参謀といったところだけれども、社長と参謀では背負っているものが違うなと思うことがたまにある。露悪的に言えば責任感の軽重の違いとでもいえようか。どれだけ自分を社長の立場に近づけられるのか、挑戦。

日韓国交正常化50周年記念 特別展「ほほえみの御仏―二つの半跏思惟像―」

日曜日。韓国国立中央博物館で行われている「韓日国宝半跏思惟像の出会い」の最終日だったので、ふらっと立ち寄ってみました。

一つは奈良・中宮寺の木彫り半跏思惟像。そしてもうひとつは韓国国宝78号、金銅半跏思惟像。薄暗い展示室の中で、光に浮かび上がる二体の半跏思惟像が向き合っているのはとても美しい。

木彫り半跏思惟像の前に立っていると、なんだか疲れがスーッと抜けていくかのような不思議な感じに身体中が包まれて不思議な感じ。柔らかい表情が心に染み込んでくる、静謐という言葉がぴったりとくるとても美しい像でした。

このあとこの二体の仏像は海を渡って東京の国立博物館で、日韓国交正常化50周年記念特別展「ほほえみの御仏―二つの半跏思惟像―」として展示されるそう。

彼女は神々しいほどに優しい「たましいのほほえみ」を浮かべていた。
和辻哲郎 『古寺巡礼』

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