柿の種中毒治療日記

Kobe→Manila→Guangzhou & Hong Kong→Seoul→Yokohama

日本版Homeland Investment Actが動き出した

以前、アメリカのHomeland investment act(本国投資法)について日記を書いたことがある。その時には日本の税制ももっと機動的になったらなあなんて言ってたのだけれども、不勉強だった。実は今年の4月から日本版Homeland investment actとも呼ばれる『外国子会社配当益金不算入制度』が導入されている。これがとにかくスゴい。これは麻生政権での超一大政策だと思うのだけれども、あまりニュースにもなっていなかったみたい。不思議である。
これまでの法律では、日本の法人が海外の子会社から配当金支払いを受けた時には、その配当金が益金とされていた。例を挙げると、オランダの法人税率は25.5%で日本の税率40.6%よりも圧倒的に低い。日本では100億円稼いでも60億円しか残らないのに対し、オランダなら75億円残るわけだ。ところがオランダの子会社から日本に配当金を送る際にその配当金に対して日本で課税がされていた。外国税額控除があるので二重課税は避けられるのだけれども、差額分については納税しなきゃいけないわけ。超単純化して言うと、世界のどこで稼ごうが、稼いだお金を日本に還流しようと思ったら世界一高い日本の法人税が適用されていた。
そのため税負担を避けるため、日本に送金せずに海外に留保された内部留保*1はなんと約17兆円にも上るのだという。これに対して、『内外の法人税率の差が拡大する中、現在の国際租税制度を維持したままでは、さらに海外子会社における留保が進んでしまう方向へ向かわざるを得ない』、『海外利益が長期に亘って過度に海外に留保されると、コストセンターであると同時に我が国の成長の源泉である研究開発や雇用が国外に流出してしまう懸念がある』ということを考慮して新たな法律が施行された。*2

その結果、海外子会社からの配当金を益金に算入せずにすむ事になった。つまり、税率の安い国で稼いだお金を日本に持って来ても差額の税金を払う必要がない(ただし源泉所得税は支払う必要があり、これは損金算入できない事になっている)。これは企業に取ってはスゴいインパクトだ。実際ソニーはこれまで将来の支払いに備えて積み立てていた海外子会社留保利益分のDeferred Tax Liabilityを取り崩し、555億円の特別利益を2008年度決算で計上している。さらにHOYAはなんと1200億円もの資金をオランダから還流させるそうな。これはスゴい。
面白いのは、アメリカのHomeland Investment Actは時限立法だったのに対して日本版は恒久措置だと言う事。つまり、今後恒久的に、海外で稼ぐお金に対しては日本に持って来ても高い税率が適用されなくなるわけで、これは日系国際企業の資金繰りと国内投資のしやすさを大幅に変えていくのだろう。アメリカの場合はさらに様々な条件を設定して(雇用を増やす・研究開発に使うなど)この法律を適用したのだけれど、日本の場合は特に雇用に関する条件なんかも書いてない。元々の狙いは国内での研究開発投資や雇用の創出でもあったわけで、この不景気に雇用の確保云々言ってるんだからそういう条件を付ければ良いのにと思わなくもないけれども、ともかくこれにより日本企業の税負担を大幅に下げ、競争力をつけるのに大きく寄与するんだろう。まあアメリカでは雇用条件などを本当に満たしてないのに税の減免措置を受けた会社が多く問題になっているとの事なので、条件をつけたところであまり実効性はないのかもしれないけれどね。
それにしても国際税務の世界はダイナミックだ。ヨーロッパでは企業を誘致するための戦略として各国で税率ダンピングが起こっている。その中で日本は孤高の法人税率40%台を一人貫くなんてなんという無謀な事よと思っていたのだけれど、案外危機感を持って大胆な政策をとっているんだね。一方本家Homeland Investment Actの国アメリカでは、オバマ政権が「大企業は国際取引に関して税法の抜け道(Loophole)を利用して適正な税金を支払っていない」とし、税法を大幅に変えて米系多国籍企業の税負担を引き上げようとしている。世界の流れから言うとかなり逆行している感じだけれど、共和党と民主党の考え方の違いを端的に表しているのかもしれない。
国際税務の世界と言うのはすごく専門的な世界だけれども、国の戦略やグローバル企業行動を大きく左右する面白いエリア。どこぞの新聞社が1億/5億申告漏れしていたというニュースもそれはそれで大事なのだろうけれども、こういうことが大きく取り上げられないのがむしろ不思議でならん。

HOYA、欧州子会社から配当受け取り=1200億円、国内へ環流−税制改正受け
 HOYAがオランダ子会社から約1200億円の配当を受け取る方針であることが3日、明らかになった。海外子会社から国内親会社への配当を実質非課税とする今年度の税制改正を受け、従来は海外で再投資していた資金の一部を国内に還流させる。三菱電機なども国内への資金還流を検討しており、海外子会社を持つ企業で同様の対応が広がる可能性がある
時事ドットコム2009/06/03-18:23)

ぼくはHOYAの株をちょっと持っているので、ついでにHOYAの連結での実効税率を調べてみた。な、なんと2008年期の実効税率15.3%である。ペンタックスとの合併による影響として9%押し下げ効果があるとアニュアルレポートには書いてあるのでそれを除外しても24%。世界でも指折りのアグレッシブな税務戦略を取っている事で知られるGEは実効税率10%を切っているのでそこにはまだまだ遠いけど、『税金は4割。以上。』という日本の普通の会社と比べたら天と地だ。一体どういうスキームでグローバル展開しているのか興味深いね。

*1:現金ではない!。『埋蔵金』にしてもそうだけど、内部留保と現金を勘違いすると言うのはアレだね

*2:[http://www.meti.go.jp/press/20080822002/20080822002.html:title]