柿の種中毒治療日記

Kobe→Manila→Guangzhou & Hong Kong→Seoul

コスタリカ土器探訪

昨日は朝7時半にホテルを出て午前中はサンホセのダウンタウンを散策、1時20分発のアトランタ行きに乗ってアトランタに着いたのは現地時間21時だった。アトランタでは空港すぐ近くのHoliday Inn Expressに泊まったのだけれども、ダウンタウンまで出て行く気もおこらず結局ホテルで一晩を過ごすにとどまった。今はアトランタからデトロイトへ移動。デトロイトで5時間待ちの最中である。デトロイトの空港はなんだか以前よりも閑散としている印象を受ける。GMの破綻ということから連想しているだけで実際そういうわけではないのかもしれないけれど、デルタのラウンジ内もがらがらだ。

さて、昨日はオーパーツを見に行っただけではなくって、コスタリカ国立博物館の中にはさまざまな歴史的な遺物が収容されていてそれまた興味深かった。先史時代からスペイン征服、そして現代までと歴史に沿ったオーソドックスな展示。コスタリカはカリブ海と太平洋を結ぶ最短の場所はわずか100km弱という細長い国土を持ち、北米と南米を結ぶ地だ。シベリアからアラスカへと渡った人々は北米を南に下り、コスタリカを経由して南米へとたどり着いたのだ。北にはマヤ文明の栄えたユカタン半島、そしてさらに下ればインカ帝国の栄えた南米ペルーがある。その中でコスタリカというのはあまり目立たないけれども、それでもいろいろな土器や、スペインからの征服者たちが目の色を変えて収奪したのであろう金細工などが残っている。
ユニークな顔の土器。太っていることは富の象徴だったのか、それとも狩に向かない落伍者だったのか。この土器ができたころには狩猟採集文化から農耕型文化にすでに移行していたそうだ。とすると太っていることは望ましいことだったのであろうか。


これまた面白いつぼ。つぼを顔に見立てるのではなく、体全体に見立てている。中央下部のものは性器だ。インドヒンドゥー文明のリンガにしてもそうだし、イタリアのポンペイの街のあちこちにも見られた。日本にだって男性器を祭る奇祭がある。でもきっとスペイン人の入植者にとってはこれは「生命の力強さというのを直截的に表現している」なんていうふうには映らず、ただの野蛮さ・未開さとしか映らなかったのだろうな。


隣のつぼの上部はイグアナだろうか。見ようによっては恐竜だったのではないかなどとトンデモな妄想をできないでもないけれど、残念ながらこれは3世紀から8世紀にかけてのもの。さすがに恐竜と共存してたなんてことは夢物語だろう。


時代が下って8世紀から16世紀にかけると土器の技術が進歩し、よりカラフルに、さらに技術も洗練される。これは中米に多く生息したジャガーをモチーフとしたつぼだ。細かいところまで彩色が施されている。とはいえ16世紀というとヨーロッパはすでに大航海時代、日本も室町時代末期から安土桃山時代である。地球上のいろいろな場所に散らばった人類の歩みの方向性・速度の多様性というのは面白い。