柿の種中毒治療日記

Kobe→Manila→Guangzhou & Hong Kong→Seoul

ウォール・クライミング

チーム内のある二人の人間関係がどうも最近うまく行っていないようなので、その一人Jさんと一対一で1時間話をした。まずは言いたいことを言わせ、その中から鍵となりそうな言葉を見つけて質問をして掘り下げて行く。その過程で衝突の原因を見つけ、誤解を解く。さらに自分の期待値を伝える。とても骨が折れるけれども、これを疎かにしてはいけない。1時間話してわだかまりもどうやら解けたようで、すっきりした顔をしていた。もう一人ともその後30分ばかり話をした。わかりあえないいらつきがお互いの間のテンションを高め、コミュニケーション不全を生んでそれがまた不信につながるという悪いサイクルに入りかけていたけれど、どうやら少し光明が見えそうだ。介入しすぎず、目を離さずやっていきたい。
いまチームとして個々人の仕事内容や責任範囲を大幅に定義しなおす大変革の時期を迎えていて、精神的なタフネスやポジティブ思考が各個人に要求される。このチャレンジをチームとしてどう乗り越えて行くのか。目の前の壁は高いけれどもこれを乗り越えられればチームとして、個人として大きく前進できるはずだ。 

ところでこちらの写真は先週日曜日に行って来たMarket Marketにあるクライミングウォール。初めて挑戦してきた。まっすぐの壁を一回のぼっただけで腕がパンパンになり、二回目はあえなく途中で墜落。命綱を付けているから落ちても怖くなく、落ちるときは意外に気持ちいいくらいなんだけれど、悔しいことには変わりない。同行していた登山が趣味の方に聞くと、ぼくは壁にへばりついて腕の力に頼ろうとしているのがそもそもの間違いなのだって。クライミングというと腕でのぼっていく印象があったのだけれども、それはまったく逆。実際は上半身は壁から離し、足でのぼっていくものなのだそうだ。
考えてみれば当たり前だ。足は腕よりはるかに力強い。普段だって立ったり歩いたり階段を上ったり、全て足が間断なくやってくれているわけで手は原動力ではない。それなのに目の前にそびえたつ壁になった途端に、あたかもこれが別物のようにとらえてしまって途端に足ではなくって手を使わねばなんて考えてしまう。こつとしては

  • 手は伸ばしすぎない。体が伸びきってしまうと力を出せない。
  • 手で体を無理矢理持ち上げようとしない。膝を思い切って曲げて、足でぐっと踏み込んで体を持ち上げる。
  • 上半身を壁にくっつけない。手をささえとして上半身は思い切って壁から離し、足下の視界をしっかり確保する
  • 高い場所へ近づいて行ってもやるべきことは変わらない。低いところで練習して体の使い方を覚えたら、あとは高さに対する恐怖心をどう克服するか。

目から鱗、というか思考の枠組を変えてくれるアドバイスだった。なんだかいま直面している仕事上の課題と似ている。ぼくは頭であり手であって、のぼる原動力となる足の部分は部下たちだ。ぼくがひとり力を入れて上へ上へのぼろうとしたってすぐに力つきてしまうだろう。それよりは恐怖心を克服して体を壁から離し、足下と先のルートを俯瞰的に見極めて足がその最大限のパワーを発揮できるようにしたほうが断然いい。
登っているときはそんな事考えもしなかったし、実際次に登る時にもそんなことは考えないだろう。でもそういう経験が出来るというのはなかなかないし、なにより登れたときの達成感はやっぱり格別だ。またクライミングやりに行こう。