『統計のはなし』、『予測のはなし』、『シミュレーションのはなし』につづいて大村平さんの『ORのはなし』を読了。毎度のことながら、とてもわかりやすい。
ORというのはOperations Researchの略。オペレーションズ・リサーチとは
社会現象を対象に科学的な手法を駆使して最適な答えを見出し、意思決定に奉仕しようとする手法
であり、JISの定義によると
科学的方法および用具を体系の運営方法に関する問題に適用して方策の決定者に問題の解を提供する技術。第二次大戦中、米英の戦略、作戦、武器に関する軍の研究に理工学者、心理学者、経営学者などが参加して、問題の解決に協力したのにはじまる。戦後は軍ばかりでなく、一般の官庁や会社においてもこの方法がとりあげられるようになった。その特色は、多方面の専門家の協力によって多面的な立場から計量的に問題の解決をはかるという点にある。
経営管理には非常に馴染む考え方だ。この本では多岐にわたるORの手法のうち序の口の部分を幅広く紹介されていて、入門にぴったり。
- 線形計画法で最適な混ぜ合わせ(mix)・割当(allocation)を決定する。ビジネスでは通常リソースが限られており、異なる複数の投資案件に対して異なるリソース上の制約がある。例えば複数のプロジェクトで資金・人的資源・時間などのそれぞれのリソースに異なるニーズがあり、さらにプロジェクトごとに期待リターンが異なる時にどのプロジェクトにどれだけ投資すればアウトプットを最大化できるのか。複数の線形の制約条件がある場合、それらの交点である『頂点』の中にアウトプットを最大化できる解が存在する。なお、変数が二つの場合はX-Y平面上で、三つの場合は三次元の図形をつかって制約条件を図示して解くことができるけれども、四変数以上になった場合は視覚的には解けない。そこでシンプレックス法という方法を使い、次から次へと制約条件の『頂点』を見つけて行ってその中から最適解を探る。
- シンプレックス法では解けない線形計画法。輸送問題・クラス分け問題・巡回セールスマン問題について。複数のソーシング・サイトから複数の消費地に製品を輸送する場合、コストが最小となる方法を見つける。発着点のマトリクスを作って輸送量を示すと、(行の数)+(列の数)−1の個数だけゼロではないプラスの値の組み合わせがあれば、その中に最適解が含まれている(可能基底解)*1。ひとつの可能基底解を発見することは至極簡単で、ひとつ発見できればそこからどんどん0の位置を変えて行くことで全ての可能基底解を見つけることができる。この可能基底解の中に答えがある。
- 動的計画法(Dynamic Programing)。線形計画法がStaticな条件下での最適化のためのツールであったのに対して、動的計画法というのは連続する複数の意思決定を最適化するための理論。例として、複数の筋道が与えられている時に最短のルートを選ぶ方法(筋道の距離自体はdeterministic)や、確率過程を相手に最適な戦略を選ぶ方法、また相手がいる場合の最適戦略が取り上げられている。ビジネスでは一つの意思決定ですべてが終わりということはないのでこの考え方も非常に役立つ。
- 待ち行列の数理モデルと在庫管理。窓口が一つ、客の到着がポアソン分布に従うと仮定した場合、単位時間あたりの客の到着率と単位時間あたりの平均サービス数によって行列に並んで待っている客の人数はどれだけいるのか。窓口で待たされる確率・待たされない確率はいくらなのか。窓口が複数あった場合にはどうなるのか。また、待ち行列のモデルを応用して在庫管理を最適化する方法について。
- PERTでプロジェクトの進捗を科学的に行う(Critical Path): The Goalを読んだことがある人なら誰でも知っている、クリティカルパスを見つけてプロジェクトの進捗をコントロールする方法について。アロー・ダイアグラムを描いてイベント間の前後関係を洗い出し、また各過程に必要とされるリードタイムをアサインして行くことで全体のプロジェクト進行上どのタスクが重要なのかを洗い出す。プロジェクトが遅れた場合に追加投資をしてでも時間を短縮化するべきなのかについても触れられている。これはMicrosoft Projectなどを使って仕事をするプロジェクト・マネージャーなら基礎知識だね。
- シミュレーションを意思決定に役立てる: こちらの内容は『シミュレーションのはなし』でさらに詳しく説明されているので内容的には重複。
- ゲーム理論: 二社でシェアを奪い合うゼロサム二人ゲームについて。ミニマックス戦略(それぞれの作戦で起こりうるマキシマムの損失同士を比較し、その中から損失がミニマムになるような戦略をとる)とマクスミン戦略(それぞれの作戦で起こりうるミニマムの利得同士を比較し、その中からがマキシマムなものを選ぶ)について。サドル点が存在する場合、二人のプレイヤーがそれぞれ最適化を目指して行くと最終的にそこに落ち着く。囚人のジレンマと三人以上のプレイヤーが参加するゲームについて。
- 異なる条件のもとでの意思決定。ここでいう条件とは将来についての見通しについて。つまり、1)将来の見通しが確定的な場合、2)確率的に分かっている場合、3)確率的に分からない場合、4)例外的な特殊事情がある場合、5)競争相手がいる場合。見通しが確定的な場合については線形計画法やDPなどの手法を用いれば理論的には『最適解』が見つかるから意思決定は比較的簡単だ*2。次に確率的に分かっている場合はDecision Tree(決定木)を使って期待値が最大になるオプションを選ぶことができる。それから確率そのものが分からない場合。実際の仕事ではこういう場合が多く、悩みの種。確率が分からないから『最適』解など見つかりっこないのだけれども、いくつかの手法が紹介されている。マキシマックス戦略、ミニマックス戦略、楽観係数という主観的な確率を導入して期待値をはじき出す方法、ラプラスの法則、リグレットを最小化する意思決定など。
最後の章、とくに特殊事情のもとでの意思決定が非常に面白い。期待値が最大になるものを選ぶ『期待値原理』というのは試行のチャンスが複数回ある場合にはもっともなのだけれども、試行のチャンスが一度しかない場合には少しそぐわない。100万円あたる確率50%、一円ももらえない確率0%のくじがあった場合、期待値は50万円である。しかし一回だけの試行の結果は100万円か0円でしかなく、50万円というのは架空の数字だ。こういう場合にどういう原理で意思決定をするのか、いくらまでならこのくじにお金を払うのか。これを理解するには期待値ではなく効用を導入しなければ行けない。意思決定者の効用関数がどういう形をとるのかでとるべき戦略は変わってくる。実務上では例えばバランスド・スコアカードで結果がどう評価されるのか、それぞれの『リターン』に対するリスクの度合いはどれほどか、経営陣のリスク選好度合いなどが効いてくるのだろう。
1989年に初版の本だけれども、色あせることがない。ぼくが働いている会社はかなりデータ重視主義だけれども、まだまだ活用の余地があるなとワクワクしてくる。
- 作者: 大村平
- 出版社/メーカー: 日科技連出版社
- 発売日: 1989/08
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