柿の種中毒治療日記

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『日本航空 破綻2年で営業利益2000億円 JAL式アメーバ経営の真髄』が面白い。

ダイヤモンド・オンラインの【企業特集】日本航空(上) 破綻2年で営業利益2000億円 JAL式アメーバ経営の真髄|週刊ダイヤモンド 企業特集|ダイヤモンド・オンラインという記事がとても面白い。記事の中にある破綻前の経営の仕方に呆れ、これは冗談ではなかろうかなんていう気に最初はなる。でもちょっと考えてみると、そのような無茶苦茶な経営をしていたところで改革を断行し、当たり前のことを当たり前におこない、その結果黒字化を果たしたというのはすごいことである。管理会計のストーリーとしても面白い。

販売計画と支出計画をリンクさせる

利益計画というのは販売計画とそれに対する実際の進捗状況をもとに、適宜支出をコントロールし、その結果利益目標の達成を手助けする、いわば車のダッシュボードの計器のようなもの。販売予測と費用計画がリンクした利益計画プロセスがなければ、だれにも利益をコントロールできない。最悪の場合、各部署は売上や採算を度外視して予算を使い切ることにのみ視点が向かってしまうこともあろう。

もともと、JALは「完璧な予算制度」(森田氏)を取っていた。つまり、販売計画と費用計画はきっちりと組む。ところがこの二つがリンクしていなかった。販売(売上高)が落ちても、費用計画は修正されることなく実行され、最終的に収支を組み合わせると赤字になってしまうという構図だった。そして、利益に責任を持つ人が誰もいなかった。

うーん。親方日の丸。というか株式会社でありながら、利益に責任を持つ人がいないというのは驚愕だし、利益に責任を持たなくていいのなら一体何のための販売計画・費用計画だったのか謎である。そこで稲盛さんが導入したのがかの有名なアメーバ経営

各部門をプロフィットセンターとし、どこで儲かっていてどこで損しているかを可視化する。また部門単位で売上げ最大化・コスト最小化を推進する

アメーバ経営というのは小部門ごとをプロフィットセンターとして利益に責任を持たせ、経営管理をする手法。この方法は管理には手間がかかるけれども、利益責任を明確にする管理会計の超進歩型。これに対してのJALの幹部の反応は『当惑』なぜならば、

「メーカーだから可能な経営管理手法に思えた。われわれのような航空サービス産業に応用できるのか、わからなかった」

確かに航空サービス産業では固定費や間接費も多く、直接売上に携わらない間接費の部門の収益をどう見るのかは難しい作業だろう。。しかしそれが難しいからやらないというのではなく、路線別の収支を見る部門を作り1年かけて部門別の損益管理の制度を作り上げたのだという。アメーバ経営でプロフィットセンターを細かく分けると、社内での内部配賦のトランザクションが増え、内向きな議論が増える可能性があるのが欠点でもあるのだけれど、とにもかくにも誰も収益に責任を持たないシステムに比べればはるかにましである。また、アメーバ経営と同時に『フィロソフィ』を導入し『利他の心』を強調しているのも興味深い。これによって内向きで企業全体としての利益につながらない議論を軽減しようという狙いであろう。

80/20。正確性よりスピードを重視する

JALの経営スピードの遅さを物語るエピソードがすごい。なんと

JALでは、1ヵ月の販売実績が出るのが2ヵ月後だった。

数字が出てこない理由は提携便運行のためデータが自社だけではそろえられない点および正確さに固執していたため。提携便を多く運行しており、提携先の航空会社からの決算のデータが出てこないことには正確な数字が作れないため、その数字を待って2ヶ月かかっていたのだと言う。しかしそれでは遅すぎる。
そこで新経営陣がやったことはなんらかなロジックをつかって概算で速報値を出すこと。経営の大きな方向性を決めて行くには概算値で十分である。正確な数字を待って機を逃すのではなく、ざっくりとした数字で素早く経営の舵を取る。80/20ではあっても決算のスピード化それ自体に価値がある。なお80/20というのはいい加減、ということではない

現場に採算意識を持ってもらう仕組みを作る

客室乗務員の人の言葉。

『破綻前まで、顧客は自然に来るものだった。それが、いま乗っている客に次回乗ってもらうにはどうすべきかを考えるようになった』

笑うのは簡単。すごいのはコスト度外視サービス重視だった現場が部門別採算制度が導入されることによって採算意識を持ちはじめたということだ*1。これにはちゃんと経営としての仕掛けもちゃんと施してある。現場にまで、細かい数字が開示し、現場が自分たちがいくら儲けているのかという経営視点を共有できるようにしているのだ。

現在は、便ごとに何パーセントの搭乗率があれば黒字になり、先月までの搭乗率は何パーセントだったといった情報が開示される。搭乗率を上げるにはどうすればいいか、今回乗ってくれた客に次回も乗ってもらえるにはどうしたらいいかを考えるようになった。
また、便の収支が悪いとわかれば、工夫するようになるものだ。「機内販売の免税品が多く売れるよう、商品を見せる機会を増やすようにしている」と中津留さん。

翻って自分たちの仕事を考えてみるとどうであろう。たまたまぼくは仕事柄利益計画のことを年がら年中考えているけれど、それが実際に売上と利益を生み出すライン部門の人々に適切に公開され、適切な動機づけがなされ、個人の評価制度に組み込まれ、現場が自律的に採算を高めるような取り組みをすることを励ましていくような仕組みになっているような会社はどれほどあるのであろう。例えば本社スタッフではなく、数百人-数千人規模の現場の営業や販売員に採算意識を持ってもらう仕組みを作り上げることは可能だろうか。そういったことを考えて行くと、稲森さんに率いられた経営再建チームの成し遂げて来たことがいかにすごいことかと感嘆する。

これ以外にもプロフィットゾーンを可視化することで不採算路線を切り、固定費を削減し、機材の集約を進めて規模の経済を追求するなどいろいろな取り組みが上げられている。それにより破綻前の500億円の赤字から3年で営業利益2000億円を叩き出すという大躍進である。稲盛和夫さんは中国でも『経営の神』と讃えられていて、広州でも講演会が行われていたりする。うーん、さもありなん。
さて、今後数年、そして数十年、JALは以前の文化を払拭して本当に顧客志向+利益志向の会社になれるのだろうか。なんだか楽しみだ。

蛇足

記事の方にはないのだけれど、JALのホームページで財務諸表をみてみるとこれまたとても面白い。破綻前には売上1兆9千500億円、経費2兆円で営業損失500億円であるのに対し、2011年度では売上は大幅に減少し1兆2000億円であるものの、経費はさらに下げて1兆円、その結果営業利益は2000億円である。JALの場合は政治家によって無理矢理不採算路線でも継続せざるを得なかったという特殊事情はあるらしいけれど、それにしても『売上至上主義』ではうまく行かないという見本みたいな例である。さて、そうはいっても会計上の利益というのは実のところどうにでもなるもので、V字回復ストーリーを描きたい経営者は得てして前倒しで償却したり減損したりすることでまずは大赤字、そして黒字に大転換という会計処理をしがちである。というわけでそういう会計処理に左右されないキャッシュを見てみると、破綻前の営業キャッシュフローは300億円。2011年度の営業キャッシュフローは2600億円程度と営業キャッシュフローが劇的に回復している。
なお有利子負債は6000億円も減っている。これは債権放棄という裏技が寄与しているのだろう。そのおかげで総資産は減っているにもかかわらず純資産は2000億円の増加である。

*1:もちろんそういうふうに切り替えれない人たちはリストラの憂き目に会ったということもあろうけれど