柿の種中毒治療日記

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吉報か?大気汚染軽減の兆し-PM2.5はどのくらい健康に悪影響があるのか

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先週末、散歩していた時になんだか随分空気がすっきりしている気がした。深呼吸する気になる空気の美味しさ。日曜日のAQIは50を切り、"GOOD"だったのだ。これはPM2.5の濃度に換算すると15μg/m3以下なので、日本の環境基準をばっちり満たしているではないか。

それから数日間、連日のように空は澄んでいる。過去5日分のAQIの変化を調べてみたところ、ほとんどの日で緑もしくは黄色のバーである。緑はAQI 50以下で、これは日本の一年平均値の基準値。黄色はAQI50~100、PM2.5の濃度だと15μg/m3~35μg/m3相当。なお35μg/m3は日本の一日平均値の上限である。

日本大使館の調査で、夏場になると中国の大気汚染は軽減するというデータがあったのだけれども、どうやらその時期が来たらしい。いや、ぜひそうあって欲しい。といいつつ今晩久しぶりにunhealthyになっているので予断は許しませんが。


PM2.5の健康への影響

ここからはテクニカルな話。冒頭の『日本の環境基準をばっちり満たしている』というのは実は間違いだ。これはトリックがあって日本の環境基準は年間平均値15μg/m3である。仮に広州の夏場の6ヶ月の平均値が15μg/m3=AQI50で、冬場6か月の平均値が50μg/m3=AQI125だとすると、年間平均値は15*6/12+50*6/12=32.5μgである。これは、日本の年間平均基準値を17.5μg/m3超過することを意味する。では日本の年間平均基準値を上回ることでどういった影響があるのか。


ここからはさらにテクニカルな話。Disclaimer-ぼくは疫学は10数年前にやったっきりなので、責任は持てません。


アメリカの対癌協会は前向きコホート調査によりPM2.5と死亡率の長期的な関係を明らかにしている。それによると、PM2.5が10μg/m3増加するごとに年間全死亡率のRelative Risk*1が6%上昇するという(Pope CA, et al. JAMA2002;287:1132-1141)。なので、32.5μg/m3の環境で*2過ごした場合の年間全死亡率のRelative Riskは日本の年間平均基準値で生活した場合に対して(32.5-15)/10*6%=10%程度上昇することになる。
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これは一体なにを意味するのか。基準として日本の一年あたり全死亡率を調べると、10万人あたり800人程度(=0.8%)*3。ここでとりあえず全死亡率0.8%に対応する日本の年間平均PM2.5濃度が15μg/m3だと仮定する。Relative Riskが10%増加するということは全死亡率が0.8%*(1+10%)=0.88%になるということである*4。つまり10万人あたりの死亡者数の増加分は80人。*5


この『死亡率の相対リスク』という率x率の概念がトリッキーである。日本禁煙学会という名前のNPO(つまり学術的な『学会』ではない)のファクトシート9ページ目では、同じ米国対癌協会のデータを引用して『PM2.5が10μg超過すると全死亡率が6%増加し、10万人あたり6000人が超過死亡する』と結論している。しかしこれはRelative Riskの概念を勘違いしていると思われる。Relative Riskというのは(あるfactorに曝露した状態での死亡率)/(そのfactorが無い状態での死亡率)の比率であり、『Relative Riskが6%上昇する』ことと『全死亡率が+6%pts増加する』ということは同義ではない。Relative Riskが6%上昇する場合、基準となる全死亡率が0.8%だとすると0.8%*(1+6%)=0.848%となり死亡率の増分は+0.05%ptsである。とすると10万人あたりの超過死亡は50人ですな。6000人と50人ではえらい違いだ。おそらく相対危険と寄与危険がごっちゃになっているのではなかろうか。

また該当のファクトページ10ページ目には『PM2.5が100μg/m3超過した場合、年間死亡率が60%になり、10万人あたりの生涯死亡率が60%=>6万人の超過死亡』との旨のテーブルがのっている。これはどうも年間死亡率と生涯死亡率をごちゃ混ぜにしている感じ。なお、後者の数字が一年あたり全死亡率だということもあり得ない。そんなことになったらあっという間に人類は絶滅してしまう計算になる*6

別に喫煙の害がないと主張したい訳ではない。タバコ一本に含まれるPM2.5がおよそ800μg/m3というデータもあるので、喫煙習慣は中国で暮らすことなど比較にならないほど体に悪いというのは事実であろう。ただし、Relative Risk/Attributable Riskの違いを考慮せずに死亡率が+60%ptsなどというのはミスリーディングだと思う。ほんと疫学の指標って難しい。。

と、Disりつつも疫学は10年以上前に大学院でちょっと齧ったっきりなのでイマイチ自信がないんでありますが。*7だれか詳しい人から学びたいものである。


*1:ここがややこしい。死亡率の増加率というのは比率の比率である。後述

*2:一生を?一年を?ここはちょっと不明

*3:http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/suicide04/12.html

*4:これを年間あたり全死亡率が0.8%+10%=10.8%になるとしてしまうととんでもない数字になる

*5:なお、仮に日本の年間平均PM2.5濃度が10μg/m3だとすると、Relative Riskは(32.5-10)*6%=13.5%増加。全死亡率は0.8%*(1+13.5%)=0.91%。

*6:年間あたり全死亡率というのは一定人口に対する、その年の死亡者数の割合である。もしも死亡率が60%であったとすると、10万人の集団が翌年4万人になり、そのまた翌年2.4万人なり。。。なんてことになってしまう。出生率をアジャストしたって、絶滅まっしぐら

*7:これで僕の計算が間違っていて、日本禁煙学会の計算が正しいんだとしたら、とてもじゃないけどこんなところ住んでられないという話。