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柿の種中毒治療日記

Kobe→Manila→Guangzhou & Hong Kong→Seoul

『ゼロ秒思考』

日曜日。先日、タイトルに惹かれて買っておいた『ゼロ秒思考』を読了。とても面白い。

ゼロ秒思考

ゼロ秒思考

よくある論理思考トレーニングの本なんかだと、ロジックツリーなどのフレームワークが紹介されている事が多い。ただ、会社で仕事のレビューを部下としたり、多くの人を相手にトレーニングを担当していて思うのは、多くの人々の思考というのはランダム思考だということ。網羅的ではないことが多いし、浅いレベルのアイディアな事が多い。因果律などもイマイチ不明だし、複数のデータを総合的に判断してるかどうかも微妙。

ただ、俗にいう右脳型の人にロジックツリーの話をしたって、ツリーに沿って分類しながら発想をさせるというのがなかなか難しい。理屈っぽいといわれがちなぼくも完全に右脳型である。そもそもどの軸で切るのかでうんうん悩んで先にすすまないし、しばらくツリーが深くなってくると別のサブツリーとの重複がでてきてそこでまたうんうん。それにランダムな思考が必ずしも悪いのかというと、そういうわけではない。ランダムだからこその跳び越えた面白い発想というのも(たまには)ありうる。

実体験としては、ブレインストーミングや逆ブレインストーミング・いろいろな連想法のほうがアイディア出しにはいい。思考はまず発散させてそのあと収束させるという繰り返しのほうがいいよな、なんてことを思っていたところで出会ったのがこの本。それにしてもなかなか刺激的なタイトルである。ゼロ秒で考えるとはなんぞや。


結論からいうと、考えつくアイディアを構造等をまったく考えず、思いついたものをひたすらメモにとること。『思考』の本であるにもかかわらず、こんな表現まで出てくる。

ポイントは「考えずに」書くことだ。感じるまま、頭に浮かぶまま、瞬時に書き留めていく。構造や分かりやすさ、起承転結等いっさい気にする必要がない。そういった制約がないと、誰でも発想が何倍も豊かになる。人間が本来持つ想像力、発想力、想像力が活かされる。


ただし、本当に全く考えないという訳ではない。頭の中にある言語化されていない『何か』を強制的に・高速に・大量に言語化していくことによって、大量の思考を紙の上に固定していく感じ。

「考えずに」というのは、むずかしく考えず、頭に浮かぶことをそのまますぐに書き留める、ということだ。人は考えよう、考えようとするあまりに、素早く、深く考える事ができにくくなっている。かっこいいことを言おうとして、実際は固まってしまう。それを徹底的に取り除く。浮かんだことを次から次に、メモに吐きだしていく。

要は頭の中身を一気に外に出し、それを見ながらまた新たな気付きを書き加え、超高速で修正しながら形作って行くプロセスだ


なるほど、これは有効そうだ。「考えない」というのは言葉の綾で、実際には『考えているつもりになって堂々巡りになっている頭の中』を言語化しかつ紙の上で実体化することで考えを深めていくという方法論。これを何度も繰り返す事によって、ロバストなアイディアのみが生き残りさらに深められるのだろう。これは数十年前に受験勉強をしていた時に叩き込まれた事とも共通する。問題集を見てそのまま答えを見ると自分がわかっていなかったことにも関わらず分かっていた気になってしまう。きっちりノートに書いてマテリアライズすることで、自分が本当に分かっていたのかどうかがわかる、というやつだ。当時、ぼくは鉛筆ではなく、ボールペンを使って答案を作るようにしていた。ボールペンだとごまかしがきかないしね。

なお、筆者は論理性を重んじていない訳ではない。1枚のメモに書き出されるポイントを4−6点に限定することで、その1枚のメモの内容のレベルが一致するように強制する。そしてその4−6点に対してそれぞれさらに1枚ずつのメモを展開する事によって結果的にツリー状に思考を広げて行ける。そういったトレーニングを毎日繰り返して行くことで脳細胞にその思考様式を叩き込んでいき、その結果『ゼロ秒』を実現するといった感じである。なので、これはランダム思考と論理思考のいいとこどりのできる面白い手法だと思う。


最近、即断即決を心がけているのだけれども、すごく参考になった。ノートかポストイットにメモをとるのが習慣だったけれど、しばらくこの本のメモ書きを実践してみようと思う。