中国文学者高島俊男さんによる『中国の大盗賊・完全版』を読了。平易な、というかざっくばらんとした語り口。これがとても面白い本だった。
通常盗賊というとせいぜい数十人規模の集団をイメージするけれども、中国の『盗賊』はそんなちんけなものではない。盗賊は恒常的・職業的武装集団である。そして盗賊は数千、数万人に膨れ上がることもあり*1。、膨れ上がった集団が国までも盗んでしまう。
というと盗賊はなんと悪い集団だなんてことになりそうだけれども、そもそも国家権力だってろくなもんではない。役人は豊かな農民や豪農を狙って難癖をつけて財産を没収したりするし、それに対抗する集団として盗賊集団が成立する。なのでそもそもどちらが正義だとか不正義だという話ではない。勝てば官軍とは良く言ったもので、『正史』は常に勝った側によって作られ伝えられて行くのだ。
1927年に毛沢東が作った中国共産党の軍隊は、中国歴史上の、盗賊の流れに位置づけられるものなのである。それは、マルクス主義を信仰し、不平知識人が指導し、貧しい農民の味方を標榜する、一大盗賊集団であった。であるから、当然、政権を取るまでは盗賊としてあつかわれていたのであって、「共匪」「紅匪」「毛匪」「毛沢東」「朱毛」などと呼ばれていた。その「毛匪」が天下を取って「官」になると、いままで「官」だった国民党は「蒋匪」に格下げになる。そして、正しい共産党が悪い国民党と戦ってこれを打ち倒したプロセスとしての「歴史」が作られる
この本では漢の高祖劉邦、明の太祖朱元璋、明末の李自成や太平天国の洪秀全といった歴史上の人物を中国を代表する大盗賊として描く。そして、最終章は毛沢東。そのような視点で見てみると、毛沢東がとった行動が実は過去に高祖・太祖がとった行動と類似している事がよくわかる。
(毛沢東の伝記は)王朝末の混乱時代に生まれ合わせた一人の豪傑が、自分の集団を作り、あるいは既成集団を乗っ取って自分の私党とし、国内の政敵を実力で打倒して帝位につき、その後は自分に白い目を向けるインテリや愛想良く尻尾を振らぬ官僚をやっつけ、次に建国の功臣たちを粛正し、ついには私党そのものを破壊して、天下を身内一族のものにしようとする・・・という伝記と大筋においては少しも違わぬのである。
毛沢東はかつて中国で「盗賊」と呼ばれていたものを「農民の起義」「農民の革命戦争」と呼び直した。つまり盗賊はすべて正義の行いとしたのだ。これは実はマルクス主義を無理矢理当てはめたごり押しだという。他にも、時の政治情勢に合わせ、特定の政治家を支援したり弾劾するために歴史を解釈し直す事が頻繁に行われて来た。この本の中でも、中国共産党がくりひろげてきた数々のトートロジー的言説が解説されていて痛快だ。
共産党を「共産主義」「社会主義」を理想とする集団だととらえると本質を見誤る。現にいまの中国は日本が社会主義国家なのではないだろうかと思うぐらい資本主義的なところもある。それはあくまで貧しい農民の見方を標榜するためのお題目であって、そのお題目のもとにあつまった盗賊による政権奪取と王朝の設立のプロセスだったのだ。
それにしても面白いのは、この本が最初に出た1989年には第5章の毛沢東の歴史はほとんど削られたという事。著者は歴代盗賊王朝のとったアクションを、毛沢東のとったアクションと併置する事によってその類似性を指摘したいという意図だったのだけれども、当時はまだ共産主義を支持する『進歩的』知識人などもたくさんいて出版できなかったそうな。そういう裏話がかいてあるあとがきもまた面白い。こちらの本、大躍進や文革の時の悲惨かつ滑稽なエピソードは少し控えめ。そういった話は、池上彰さんの「そうだったのか!中国」に詳しい。こちらも中国共産党設立から中華人民共和国の設立。大躍進・文化大革命といった毛沢東の政策と失敗をわかりやすく解説してくれていて必読。こちらの本については以前少し触れた。
- 作者: 高島俊男
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2013/07/26
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- 作者: 池上彰
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2013/04/05
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*1:数千、数万人の盗賊集団は一部に専門の戦闘集団を含むものの、大多数は後方支援だったり女子供だったという