柿の種中毒治療日記

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マインドフル・ワーク-「瞑想の脳科学」があなたの働き方を変える

マインドフル・ワーク 「瞑想の脳科学」があなたの働き方を変える

マインドフル・ワーク 「瞑想の脳科学」があなたの働き方を変える

マインドフル・ワークという本を読了。瞑想というと宗教的・スピリチュアルなニュアンスが付きまとうけれども、そこから宗教色を排除して脳科学の世界からその有効性を立証しようという試みを紹介した本。ぼくは高校生の時に心理学の本を読み漁っていた時に自律訓練法に出会って、ここ数年は瞑想に取り組んできた。それによって腰痛から解放されたり、睡眠の質や感情の動きが安定してきた実感はある。いろいろな国を転々としてきて、精神的にタフだと言われることも多くなってきた。そこらへんの科学的な裏付けに興味があったので読んでみた。

マインドフルネスを一言で言うと、私たちの頭の中に生じるさまざまな考えを、それに心を動かされることなく観察する力のことだ。自分の感覚を、苦痛なものでさえも、心を動かされることなく感じることのできる能力である。自分の体験に対して自覚的になり、判断を交えることなく観察し、物事に対して恐怖や不安、貪欲からではなく、明晰さと思いやりの心で反応する。


現代では、fMRIによって脳の活動レベルを可視化できることになったことによって、いろいろなことがわかるようになってきた。それによって、瞑想の効果も科学的に検証することができるようになってきている。例えば、脳の中の扁桃体というストレスに対して闘争・逃走反応を起こさせる部位がある。ストレスがかかると扁桃体が肥大し、コルチゾールなどのストレスホルモンを分泌することによって心拍数を上げ、怒りの反応を引き起こす。扁桃体がいつも増強されていると、興奮しやすくなりちょっとした刺激に対して動揺するのだという。ところが瞑想によってその扁桃体の興奮状態を沈静化できることが明らかになったのだそうだ。さらに瞑想中だけでなく、瞑想後にも感情の抑制能力は持続する。

そのほかにもいろいろな実験科学の試みが紹介されている。瞑想によるメリットはストレス軽減だけにとどまらない。免疫力の向上、集中力の向上と注意力・業務遂行能力の向上、怒りをコントロールする力、燃え尽き症候群や鬱の軽減、さらに他人に対する思いやりの心が強まり、良いリーダーの特質を伸ばせるということが明らかになっている。思いやりの心や傾聴のスキルというのは『サーバント・リーダーシップ』であったりEmotional Intelligenceであったりいろいろなリーダーシップ行動の理論において大切だとされているものだけれども、じゃあそれを実際どうやって実践していくのかというのが常に課題である。それに対してマインドフルネス瞑想という具体的なスキルを通じて脳科学のアプローチから改善していこうというのは非常にプラクティカルなアプローチだと思う。

これを受けて、グーグルやフェイスブックといったシリコンバレーの先進的な会社やゼネラルミルズといったアメリカの大企業で、瞑想がトレーニングとして取り組まれているといった事例が紹介されている。反面、瞑想がお手軽なツールになることに批判的な意見や、昨今のマインドフルネス・ブームに乗ってそのトレーニングが玉石混交になっているといった側面も紹介されていて割とバランスのとれた面白い本。

この本自体には瞑想の具体的な方法論はほとんど紹介されていない。なのでこれに納得したら瞑想の具体的なトレーニングに取り組むのもいいだろうな。ぼくは瞑想入門のほんを一冊読んだだけだけれども、こんど日本に帰った時にこの本で度々紹介されるマサチューセッツ大学メディカル・センターのストレス・クリニック創始者、カバットジンさんによるマインドフルネス・トレーニングの本を購入しても良いなと思う。


マインドフルネスとは

マインドフルネスとは「完全に現在に存在すること」だ。マインドフルネスとは、過去の思いに囚われたり、未来を夢見たりすることなく、このとき、この場所に存在することだ。マインドフルネスとは、優しさ、好奇心、そして受容の心を具現化した状態のことだ。マインドフルになるとは、自分の身体の感覚を感じ取ることだ。たとえそれが不快なものであっても、それに執着したり、消え去るよう望んだりしないことだ。マインドフルネスとは、自分の思考を、それが唯一の真実であるとは考えずに観察することだ。マインドフルネスとは、自分の感情に注意を向け、その瞬間に感じていることを、たとえそれがあまり心地良いものでなくても、受け入れてやることだ。マインドフルネスとは、人々や自分を取り囲む状況に対して、もっと繊細に、思いやりを持って接することだ。そして、熱心に取り組めば、それは私たちの健康や人間関係を変え、自分が世の中に与える影響までをも変えてしまう。

この辺の定義はアドラー心理学やスポーツ心理学の世界の理論と共通点がある感じがするね。

マインドフルネス瞑想

マインドフルネス瞑想に必要なのは、安楽な姿勢を取り(座っても寝ても、あるいは立っていてもいい)、自分の考え、感情、感覚を観察することだけだ。例えば、鼻孔を出入りする呼吸の感覚といったものに集中する。空気が出たり入ったりする微妙な感覚を意識してみる。息を吸い込み吐くたびに、身体が上がったり下がったりするのに気づくはずだ。心がさまよいだすことは避けようがないが、雑念に気づいたらそれに囚われることなく、再び呼吸に注意を戻す。ときには数秒で再び心がさまよいだすが、注意を呼吸に戻し、瞑想を続ける。

マインドフルネスの効果(のごく一部)

二〇一二年の『職業保健心理学ジャーナル』に掲載された報告は、職場でマインドフルネスが発揮した効果について、改めて簡潔に提示している。「マインドフルネスによって、人々は好奇心と受容性に満ちた態度で現在の瞬間に意識を向ける方法を学び、そうすることで自分の経験をまったく別のものにし、ストレスを軽減させる」と報告では述べている。「心をトレーニングして、私たちが知覚し認知する出来事の流れに気づくようになると、人間の意図や行動といったものがいかに作り出されていくかを人は理解するようになる。判断を入れずに物事を観察するこのトレーニングを繰り返し注意深く行なうことにより、私たちが体験することは、極めて流動的なプロセスが織りなすものだと分かってくるのだ。つまり、たとえ明らかにネガティヴな出来事や思考、感覚、感情、あるいは行動であっても、変えることが可能だと感じられるようになる。実習者はこうした変化の過程を必ずしも意識しないが、彼らの世界に対する見方はまったく違ったものになり、ストレスもずっと少なくなる」

マートゥラノにとって「明晰さ」とは、物事を曇りのない目で見るということだ。「何かに対して自分の期待をつけ加えないということです」と彼女は言う。つまり「受容する」ということであり、私たちが第4章で学んだ効果的なストレス低減法と同様の、心の新たな方向づけなのだ。明晰さとは、物事に対する私たちの最初の反応が真実ではないかもしれないということを理解することだ。起こっていること、そしてそこから受ける感情がどんなものであれ、それは必ず変化するということを理解する、つまり、最初の印象にしがみつく代わりに、家や職場でしばしば起こる複雑な状況に、解釈の余地を与えておく方が賢い選択だということだ。

マインドフルなリーダーは、立ち止まって自分の身体に注意を向けてみるべきだ。もしミーティングに緊張や怒り、ストレスを持ち込んでしまったら、それが形を表す前に解消してしまうことだ。目の前の現実だけに反応し、五分前の心の状態に縛られるのをやめる。次に、目の前にあることに心を開く。明晰な目で状況を見つめ、それが自分の予想と異なるからといって腹を立てたりせずに受け入れる。そして、注意深く話を聴く。話を遮ると人々は心を閉ざしてしまう。人が話しているときは最後まで聴く。「会話においてどんな応答をしようか思案しているときは、自分の心がさまよっているのだということを覚えておいてほしい」と彼女は言う。「ミーティングというのはたいてい戦いのようなものだ。私たちはいつも自分の意見を押し込む隙間を探している」。最後に、相手を傷つけようという意図なしに、真実を述べる。つまり、正直で、思いやりに満ちた態度を心がけることだ。

認知バイアスというのは意思決定を歪める原因だというのはよく知られている。ところがそれでは自分がどんなバイアスに囚われているのかきちんと認識できるかというと、それがなかなか難しい。マインドフルネスというメタ認知の訓練をすることによって、自分のバイアスを排除しやすくなるのであれば正しい意思決定・コミュニケーションをとるのに大きな助けになりそうだ。


余談-慢性腰痛と認知行動療法

ここまでの話は言ってみれば「脳の可塑性に着目し、瞑想を通じて脳をリフレッシュ・メンテナンスする」という話。これって先日NHKスペシャルでやっていた認知行動療法によって慢性腰痛を脳科学のアプローチから治療するという話によく似ている。ぼくは2008年にぎっくり腰から慢性腰痛になり、長い間苦しんだのだけれどもたまたま認知行動療法のことを知って見事に慢性腰痛から完治した。当時は脳科学のデータなどはあまりなかったので半信半疑だったのだけれども、今ではfMRIによって認知行動療法の有効性が証明されている。最新の腰痛学会のマニュアルでも、認知行動療法は運動療法と並んで最も効果が高い療法として認められているとも紹介されていた。脳の世界とはとても奥深いね。

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