柿の種中毒治療日記

Kobe→Manila→Guangzhou & Hong Kong→Seoul→Yokohama

ダイバーシティを生かす

日本から来客あり。同じ会社の日本のオフィスで働く先輩である。その人も海外で働いた経験があるので、海外生活など仕事以外の話が5割。職場に関する話が5割。できるだけ仕事の話をしないようにしたいなとは思いつつ、そもそもの接点が職場なのだからまあこんなものだろう。
話にのぼったのは最近の職場の雰囲気。その話をする中で、日本から離れて2年のあいだでぼくの価値観が大きく変わったことに改めて気付いた。日本のオフィスのダイバーシティ・チームの間で交わされているという話や、そのチームがダイバーシティトレーニングをした時に上がってきた質問というのを聞いて、正直びっくりしてしまったのだ。いわく『この職種は女性には難しい・女性は不向きだ』、『男女比以外にだって多様性はあるだろうになぜ男女比の数字にこだわるのか』、『採用試験で優秀な順に数えて男性が全部の枠を占める場合に、それより劣る女性をとるのは逆差別ではないのか』、『女性比率を上げることによってビジネスが伸びるという証拠があるのか』。僕だって日本を出なければそう思っていたかもしれないけれどね。
自分が働いている会社がダイバーシティを推進していることを嬉しく思っていたけれども、ダイバーシティという考え方の染み付いているフィリピンのオフィスで働いている今の僕からすると日本のオフィスの労働環境というのはまだまだだと思う。さて、上記の論点について僕なりの考えを。

『この職種は女性には難しい・女性は不向きだ』

世の中にはそういう仕事もあるのかもしれない。ぼくは生物系の大学院で学び、機能として性差があることは了解している。なのですべての職種で『男女全く同じ労働条件』で男女とも働くべきだと言う議論はその差を無視した極端なものだと思う*1。とはいえ、ぼくたちのしごとはコーポレートファイナンス、オフィスワークである。オフィスワークで『女性にはできない仕事』とかってあるだろうか?
日本ではこういう仕事は男性の仕事だと思われているふしがあって、採用試験でもなかなか女性の志望者が少ないのだけれど、所変われば事情は変わる。アジア諸国では逆にこの職種は女性向きだと思われていて、数多くの女性社員が働いている。子供をもちながら働いている人もたくさんいるし、そのためのサポートもたくさんある。マネジメント層にも多くの女性がいるし、『女性にはできない仕事』とかいったら彼女たちはあきれちゃうんじゃないかね。
どっちかというと問題なのはこの職種を『女性に不向きなもの』にしてしまっている仕事の進め方そのものと、周りの無理解だと思う。一度や二度ならまだしも、しょっちゅう仕事時間外の真夜中に『緊急の』電話をして仕事をさせるとかってどうなの?その緊急電話が恒常化してしまうというのはマネージャの仕事の進め方に問題があるのじゃないのか?限られた時間で結果を出すための方法を考えるのではなく、diminishing returnを超えた細かさを求めるところなどが問題なのじゃないか?仕事では事業のValuationをしているんだから、自分たちの仕事時間の使い方のValuationだってやってみた方が良さそうだ。

『男女比以外にだって多様性はあるだろうになぜ男女比の数字にこだわるのか』

男女比以外にだって多様性はあるというのは事実だ。宗教・信条・人種などなどなど。例えばぼくが働いているフィリピンのオフィス。ここにはキリスト教徒もいれば、イスラム教徒だっている。華人も数多くいる。ゲイもかなり働いている。そのことに対する好奇の眼や仕事上の不利などなく、みんな自然体だ。レズビアンのカップルで昇進街道ばく進中の人たちだっている。彼ら・彼女らが結果を出しているということが大切で、その人そのものの出自や信条などが問われないし結果を出す筋道もいろいろ。これは組織にとっても最大限のリターンをもたらす人材登用法だろう。
では日本でそれだけの多様性を受け入れる素地があるのか?おそらくNoではないだろうか。ぼくが日本に帰ってそういう話をしても、気持ち悪さ・不快感を示す人だっている。これはうちのオフィスの話ではないけれども、日本にフィリピン人の女性部下たちを連れて出張に行き、ディナーに行った時に思い出すだけでも腹立たしい声をかけてくるおっさんだっていた。それが現実だ。人種のハードルなんて男女差以上に高いし、宗教だってそうだろう。男女差以外の多様性があるというのは事実だけれども、ある意味日本人にとってもっとも身近な男女差を尊重できる組織を作れずにその他の多様性を許容できるようになるというのは絵空事のように感じる。男女差を許容できる組織を作る延長線上に、個々人を本当に尊重できる文化というのが出来上がるのではなかろうか。
そこで男女比をまず解決すべき目標と置くのは決して間違いではない。数字の目標を掲げるのだって、絶対に必要だと思う。女性比率を増やすことそのものはゴールではない。そうやって環境そのものを強制的に替えていくことで、いろいろなひずみや新たな課題も出てくるだろうけれど、それを解決していくことが職場をよりよくしていくことにつながるのではないだろうか。

『採用試験で優秀な順に数えて男性が全部の枠を占める場合に、それより劣る女性をとるのは逆差別ではないのか』

この発言も多様性というものに対する無理解を示しているように思う。そもそも採用試験で見ているのは総合的な力だ。入学試験のように点数で簡単に直線上に順位を並べられるようなものならいざ知らず、リーダーシップの有無やその質・地頭の良さ・コミュニケーション能力などなど多様な側面を見ているのだから決して直線上に優劣をつけられるようなものではない。テクニカルにはそれらの異なる要素に重み付けをしていって、直線上に並べることはできよう。でも、その重み付けそのものが採用者のバイアスであったり現在の組織全体の平均的な姿を反映しているだけだとすれば、やっぱりそんな直線に従うことに意味はない。
採用試験はむしろ最低限のクライテリアを満たしているのかどうか確認する程度のものでもかまわない。その最低限のクライテリアがどれほど難しくするのかはニーズ次第だし、最低限のハードルをむちゃくちゃ高くするというのはありだろう。そのクライテリアを満たした中から男性半分・女性半分をとることは、組織の多様性をどうして行きたいかという戦略に属するものであり、差別・逆差別というわけではなかろう。熟慮の結果、男性しかとらない、というのが戦略ならそうすればいいだけのことだ。

『女性比率を上げることによってビジネスが伸びるという証拠があるのか』

データ重視主義、おつかれさま。これは経営者の直観にもとづくトップダウンの意思決定だ。というのは冗談としても、実証研究も出て来ている。たとえばNASAによるチームワークの研究。火星探検チームをどういう風に選定するかの考慮の材料として、長い期間閉鎖された環境にグループを置いた場合どういうチーム編成がもっとも良いのかという研究だ。この研究によると、男性ばかりのチーム・女性ばかりのチームにくらべて男女混成チームは高いチームワークとより優れた結果を残したと言う。大企業のビジネスにチームワークが必須であることを考えると、より良いチームワークを築き上げられる男女混成チームには強みがあると言えるのではなかろうか。NASAの研究はグループが隔絶された場所に置かれていると言う極端な例かもしれないけれども、普段の仕事の一面を考えたって同意できるところは多々ある。女性のマネージャと働いていて、視点がかなり違って眼から鱗のことはしばしばある。カッと頭に来るポイントだって違うから、お互いに相手をなだめながら全体としては冷静にプロジェクトを進めていける。
ボトムラインを伸ばすという視点から考えてもいいことづくめな気がする。女性には妊娠や出産など女性特有のニーズがある。このニーズを満たすためには、80-20の法則を徹底して意思決定を速く下し無駄に細かい仕事をやめるだとか、マネージャ側は事前のプランニングをしっかりして急な予定の変更を少なくする、逆にどうしても急な変更が合った場合にもそれをカバーできる仕組みを作る、などいろいろ改善の余地がある。女性比率を上げても仕事のやり方は変えず、女性に過大な負担をかけるのでは意味がない。女性に無茶苦茶な負荷をかけずにちゃんと回っていくようにビジネスのやり方自体を変えていくことができれば、より効率的に・効果的にビジネスをやっていく大きなチャンスがあるかもしれない。『女性に優しい組織』というのは女性だけに優しい組織ではなく、男性にだって優しい組織になりえる。


悲観的・批判的になってしまったけれども、うちの会社の日本のオフィスは女性の登用には熱心な方である。ついでに日本の他の企業は一体どうなんだろうかと女性の管理職登用でググってみたら少し古いけれど平成18年の厚労省のデータを見つけた。*2 なになに。。。

5000人以上の大企業では、42%の企業が女性採用比率20%以下である

採用人数が少なくならざるを得ない小さな企業ならともかく、従業員5000人を抱える企業でも女性の採用比率が20%以下の企業が42%もあるのだ。逆に女性採用比率が80%以上(男性採用比率20%以下)の企業は7.7%しかない。明らかに非対称。

「男性のみ配置の職場がある」については、「営業」が40.3%(同38.1%)と最も高く、次いで「研究・開発・設計」が30.6%(同28.6%)

企業の業種にもよりけりだけれども、R&Dの世界で男性のみ配置している会社が三割というのも非常に興味深い。業種別ではどうなっているのであろうか。ぼくの大学院時代の同級生にも海外の研究機関でどんどん業績を出している女性研究者たちがいるし、『研究開発は男性向き』なものだとは到底思えない。もちろん大学や大学院の理系研究科にすすむ女性人数そのものが少なく、supply sideの問題ということもありえると思うけどね。それにしたって企業側が女性を研究開発に従事させることが競争上の優位になりうると判断して厚遇すれば長期的にはsupplyも増えてくるはずだ。

役職別女性管理職割合の推移 - 係長相当職以上の女性管理職割合 6.9%。

採用という入り口だけでなく、登用の面でも絞られている。ぼくは今課長職、フィリピンのいまのオフィスでは半数以上が女性なのだけれども、日本ではごく少数。しかも、企業規模が大きいほど女性登用が出来ていないのではという皮肉なデータ。

やれやれ。女性の社会進出によってより生産性を高め、かつ少子化に陥らない道は必ずあるはずだ。ダイバーシティというのは異なるニーズを認めあい・尊重する言う優しさであり、明るい未来への道筋だと思う。また労働環境を整えることは優秀な人材を引きつける理由となるはずだ。男女共に優秀な人たちが入って来て、その人たちが個々人のニーズにあった柔軟な働き方をしながら最大限の結果を出してくれればそれは最高だ。道は長いけれど、ダイバーシティへの取り組みが良い方向に進んでいくよう少しでも自分に出来ることをやっていきたい。

*1:特にその場合男性が働くことを前提とした労働条件に女性があわせろ、となりがちだからね。逆なら可かもしれないが

*2:[http://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/08/h0809-1/02.html]