柿の種中毒治療日記

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そうだったのか中国

池上彰さんの『そうだったのか中国』を読了。彼の著書を読むのは実ははじめてなのだけれども、平易でわかりやすい。中国に二年半以上暮らしながらあまり知ることのなかった中国の近代史について、ざっくりと大きなところの理解をするのにとても役立った。右・左にどちらにも傾きすぎず、バランスのとれた好著である。歴史を辿りながら、なにが共産党の一党支配を支えているのか、なぜ共産主義ではなく資本主義を許容することになったのか、そしてなにがどうして今の反日教育につながっていったのかというところまで紐解いて行く。


中国共産党の成功。農地解放によって小作人に農地を与えることで、中国の大多数を占める農民の支持を得る。この時点では私有の否定などはしていない。むしろ、私有により農民のインセンティブを高めた。


共産党による新中国建国が1949年。その後、農地解放による農業の生産性の向上をみて、すでに資本主義の段階は達成したと判断。そこから社会主義への移行を性急に進めた。これが『大躍進』。当初共産党がやった農地解放とは真逆で、農地を含めた生産手段をすべて国有化した。これが農民の労働意欲の減退を引き起こした。また家畜を全て国有化する施策をとり、財産を収用されるぐらいなら食用肉として売り払い現金化してしまおうと農民が家畜を殺したため、家畜の量の大幅な減少をもたらした。これでさらに農業の生産性が下がった。その一方家庭内での調理を禁じ、食堂で誰もが食事をとるようにした。自分で収支の帳尻を合わせる必要がないので、食料需要が急増。

さらに農業・鉄鋼業の専門家ではない毛沢東は数々の馬鹿げたアイディアを実行させた。例えば、『作物は密に植えれば植えるほど収穫高が上がる』という理論をソビエトから輸入。また、鉄鋼の生産高倍増を指示するも、『最先端の大規模製鉄所など必要なく、それどころか鉄は各戸の裏庭につくった高炉でだってできる』なる珍妙な理論を展開。それに対して誰も逆らえず、さらに叱責を恐れた地方官吏たちが虚偽の報告を繰り返し、毛沢東の視察の時には嘘を見せた*1。それにより毛沢東はさらに自分の理論の有効性を信じ、馬鹿げた活動が全国的に推奨された。たとえば鉄の生産高のレポートをあげるため*2、鉄で出来た鍋や鋤、鍬など生活・農業生産に必要な物を全て裏庭の炉で溶かし、使い物にならない屑鉄を作り続けた。また、この燃料とするために木という木を切り倒して薪としたために水害も相次いだ。本末転倒も甚だしいこれらの施策によって、結果として国土の荒廃をもたらし、中国全土での飢饉により4000万人を超える死者を出した。


『大躍進』の大失敗により、毛沢東は実験を失い劉少奇・鄧小平などの実務派が力を握る。これに対する権力奪回のために毛沢東が若者を焚き付けて国内に大混乱をもたらしたのが文化大革命。若者特有の青臭い理想はあったのかもしれないけれど*3、現実が全く見えていない紅衛兵たちにより、これまでの文化は破壊され、知識人は弾圧された。毛沢東は自分自身は相当な読書家だったようだけれども、その一方でとことん知識人を敵視した。知恵を付けられては困る、ということか。皮肉なことに、権力を取り戻した毛沢東はその後、もう用済みになったとばかりに紅衛兵達を農村送りにした。彼らは農村で慣れない肉体労働に従事させられ、多くの紅衛兵も亡くなった。この間10年間、300万人が投獄され、少なくとも50万人が処刑されたというまさに暗黒時代である。


そして、林彪の失脚、四人組の失脚とつづき、鄧小平の時代がやってくる。『改革開放』により全員が貧しい平等主義から、先に豊かになれる者からなれば良いという『先富主義』の導入し、資本主義経済へと舵を切り直したことで人々の労働意欲が大幅に向上し、そこから経済成長が始まる。その後、経済の自由化・発展と同時に、東欧諸国の民主化に刺激された学生達が思想の自由化・民主化を求めるようになる。これを大弾圧したのが天安門事件であり、指揮したのは鄧小平だった。結局、経済の開放はしても思想の民主化はしないことにより自らの権力を固めたというところだろう。この天安門事件で学生に対する『思想教育の大切さ』に気付き、共産党の一党支配を強めるために共産党の正当性をさらに補強する必要が出てきた。そこででてきた道具が反日教育である。戦時中の日本軍の非道な行いに対して、中国を救ったヒーローとしての共産党という筋書きである。なるほど、天安門事件は民主化をつぶしただけでなく、その後の思想教育に対する転換点となったんだね。


この他にもチベット侵略、国民党の台湾逃亡と台湾での独裁、ソ連との不和、一人っ子政策に香港回収、広がる格差と内容は多岐に渡りとても面白い。とてもじゃないけれど、まとめきれない。歴史という意味でも面白いし、また組織論・リーダーシップ論としても面白い*4。これは二度、三度読む価値のある本だ。

そうだったのか! 中国 (そうだったのか! シリーズ) (集英社文庫)

そうだったのか! 中国 (そうだったのか! シリーズ) (集英社文庫)

*1:視察の時にのみ伸びた稲を一カ所に集めて『密植』が有効だとする。また、視察の時には製鉄所で作られた高品質な鉄を運び込んで見せる

*2:ここは現代の中国でも同じかもしれない。なにしろ統計レポートや会計の数字などに嘘が山ほど入っているというのは日常茶飯事らしい

*3:実際のところどこまで理想があったかも怪しい。『めちゃめちゃに殴りつける』ことが是とされたというから、単なる不満の爆発だったのかもしれない

*4:反面教師として、だけど。