柿の種中毒治療日記

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イスラーム国の衝撃

火曜日。韓国訪問中の、とあるドイツ人事業部長とひょんなことから一対一でランチ。そのあと部下の韓国人3人とワン・オン・ワンをしたり、日本のTさんと話したり。今日は一対一でいろんなひとと話した。話す、といってもできるだけ耳を傾けて理解することを心がけている。

イスラーム国の衝撃 (文春新書)

イスラーム国の衝撃 (文春新書)

夜、家に帰って週末に買った『イスラーム国の衝撃』を読了。いままでいまいちよくわからなかった、彼らがどこから来てどうやって今のような勢力を持つに至ったのかという点が、歴史・宗教史の縦糸と現在の中東の国際関係の横糸の二つの軸から解説されてすごい本。イスラムを過剰に持ち上げるのでも批判するのでもなく、かといって煽るのでもなく、努めて冷静でフェアな視点で書かれた本。なぜ、散発的なテロ活動を繰り広げるゲリラ的組織から、面で制圧できる力を持つに至ったのかということがわかってくる。

  • イラクフセイン政権の崩壊がISILの拡張の近因。スンニ派政権であったフセイン政権の崩壊によって、イラクでは人口の点で多数派のシーア派が実権を握った。一方で、人口の面では少数派だったスンニ派は政権中枢の重要ポストを失った。また、オバマ政権の米軍完全撤退後、イラク・マーリキー政権は政権内のスンナ派勢力にテロ支援の嫌疑をかけて放逐。これにより、スンニ派の不満は高まった。イラク北部はスンニ派が多数派を占める県であり、ISILを支持する政治的・宗教的基盤がある。そのためISILがイラク北部に地盤を築くのは比較的容易であるのに対し、その他地域はシーア派地域であり継続的な統治は難しいと思われる。
  • フセイン政権の基盤であったバアス党の官僚組織がイスラム国に合流しているとみられる。これによりISILの軍事作戦の計画・立案能力が従来になく高まった。また、旧バアス党勢力は「イスラーム国」を隠れ蓑に支配を取り戻そうとしている可能性がある。
  • 隣国シリアではそもそもアサド政権による非人道的な弾圧・圧政が敷かれていた。シリアの内戦では世俗的な反体制派の武装組織は実力に乏しく、そのため次第に反アサド政権の武力闘争においてスンナ派イスラム系組織が主導権を握るようになった。この武装集団の主体はシリアの土着勢力だが、ここに「アラブの春」で高揚した義勇兵が参加した。アサド政権はロシアからの支援だけでなく、シーア派のイランからの武器や人員の支援を受けたことでシリア内戦は宗派間の闘争の色を帯びた。この泥沼のシリア情勢がイスラム国の拡大の素地を作った。シリアでは多数の武装集団が入り乱れて抗争を繰り広げ、政府が無差別空爆を行う状況がISILがシリアで領域支配の範囲を広げることを可能にした。少なくとも当初は、アサド政権はイスラーム国の進出地域に対しては空爆を控えた。アサド政権はイスラーム国を、政府に変わって反政府勢力を掃討してくれる存在と受け止めていた可能性がある。


などなど。とてもではないけれどまとめきれない。

週末のニュースはとても衝撃的だった。亡くなられた二人の方とそのご家族には深い哀悼と同情を感じる。そして、こういう非人道的な手段をとる集団には強い怒りを覚える。とともに、ISILを「得体の知れない(悪の)集団」といった表層的な捉え方をするのではなくその背後にある思想信条や歴史を理解することが必要だと思う。遡れば第一次世界大戦サイクス・ピコ協定や、イラン革命ソ連のアフガン侵略、最近のところでは「アラブの春」などいろいろなものがものすごく複雑に絡み合っているのだ。その複雑さを紐解いて理解していくのは大変だけれども、それをせずに単純な善悪二元論に落とし込んでしまうわけにはいかない。自分に何ができるわけではないけれど、無理解、恐怖と憎しみを増幅させる負のスパイラルから逃れられれば良いと思うしそのためのガイダンスとなる良い本。


中東・イスラーム学の風姿花伝